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第一章・第一話

『運命への勧誘』


 時刻は放課後。
 
学校の終わりを告げる最後の鐘もとうに鳴ってしまった。学校に残っているのは部活動の生徒か教員くらいだろう。
 
教室はおろか廊下にも人の気配は感じられない。
 
 コツコツコツ。
 
何者かが三階へ上がってきた様だ。
 放課後の物静かな廊下に、足音が響く。
 そして、その足音は少年のいる教室の前で止まった。
 機械仕掛けのドアが静かにスライドする。
 次いで、教室の中に一人の女子生徒が入って来た。
 ツカツカツカ。
 と、少女は少年の座っている窓際の席まで、足音を殺すでもなく近づいて行った。
 少年は気がついた様子もなく校庭を眺め続けている。
「ゆうとぉ・・・起きなさぁい!!」

 すぱぁーん!
 ゴンッ!!

 爽快な音の後に、机に石がぶつかった様な鈍い音がした。
 剣道部なだけあって実にいい音をさせる。
「痛いよ朋美・・・」
「あのねぇ。私が起こさなかったら、あんたまたここに泊まってたかも知んないのよっ!!」  
「はははっ。まさか! 学校に泊まる奴なんていないよ」
「三日前、教室でご一泊して世間を騒がせたのは何処の誰よ!」
「ははは」

 すぱぁーん!

「はははじゃないっ!」
「いたた・・・んで、何の用?」
「やっぱり忘れてる!」
 朋美はもう一度スリッパを振り上げた。
「いたた」
「まだぶってないわよ?」
「いや、どうせ言うんだから先に言っておこうと・・・」
 すぱぁん!
「・・・」
「・・・変」
「やっぱり?」
「分けわかんないわよ! そ・れ・よ・り、ザ・ワールドの事話に来たのよ!!」
「・・・また勧誘?」
 校庭を照らす夕日を見る。
 毎日眺めているからか、日に日に日の落ちる時間が短くなってきているのを感じる。
「祐斗!」
「ねえ!」
「・・・・・・」
 眠い。
「祐斗ったら!」
 眠い、眠い、ねむ・・・
「・・・・・・す〜す〜」  

 すぱぁん!

「ねえ! ちゃんと聞いてんのっ?」
「いたた。効いてるよ・・・。でも、ザ・ワールドって難しいんだろ?」
「そんな事ないわよ。大丈夫! 私がちゃぁんとレクチャーしてあげるから!」
「何か今さらって感じで・・・ほら、周りレベルの高い人ばっかで、初心者はやりにくいって話だしさ」
「大丈夫! 私がついてるからレベルの高いエリアで戦って、一気にレベルばぁ〜んとあげればいいじゃない!」
「その間、僕はどうするの?」
「後ろの方で隠れてなさい」
「それじゃ、つまんないじゃないか・・・」
「一人立ちできるまでは、私が面倒見るのよ。大丈夫!」
「ん〜」
「ねっ?」
 朋美はねだる様な目で祐斗を見上げた。
 何が「ねっ?」だよ・・・ったく。現実世界はおろか、ゲームの中でも支配されるなんて・・・。冗談じゃないよ。
 と頭の中で考えたが、
「もちろん、ここまで言わせたからにはやるわよね?」
 顔は笑っているが、その笑みの裏には明らかにザ・ワールドを強制しようとしている強引な朋美がいる。
「う、うん」
 と、いつもの如くあっさり押し切られてしまった。
 幼馴染と言うよりはもはや主従の関係に近いだろう。
「ハイ、決まり! それじゃ明日ショップに行くわよ!」
「はぁ・・・ゲームの中まで荷物持ちは嫌だからね」
「ん?」
「何でもない」
 僕は背伸びをしながらそう言った。

 そう、それは蒸し暑さがまだ残る、9月の初めの事だった。

To becontinued

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