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第一章・第二話

『幼馴染は何処へ』


「それで次は?」
「さっき登録したPC名とパスを入力、で終わりよ」
「PC名ユキト、パスは*******と」
「O.K?」
「うん」
「CC社からメール来た?」
「ちょっと待って・・・うん、来てる」
「よし、それで完了!」
「お疲れ〜」
「んじゃ、Δサーバで待ってるわよ」
「うん。ありがと」
 ピッ!
 携帯の通話時間を見ると、裕に一時間半を越している。
「結構時間かかったなあ」
 この一時間半、別段パソコンが得意でもない僕は、ずっと朋美と押し問答をしていた。
 横に置いていたヘルメットの様な物を手に取る。
 ”フェイスマウントディスプレイ”
 これを使用する事により、通常のディスプレイを使用するよりも遥かにリアルな感覚を体験する事が出来る。
 視覚と聴覚を支配される感覚は何とも言えない・・・らしい。
 僕の父さんはCC社の社員で、会社のことは何一つ話さないくせに、ザ・ワールドを始めると言ったとたん、父さんは「会社のをかっぱらってきた」と、嬉しそうにこれをくれた。
 と言う訳で、今日朋美とショップに行のはキャンセルになり、まだ日の高いうちから朋美と押し問答をする羽目になったのだ。
 pipipi・・・
 フェイスマウントディスプレイを着けようとした瞬間、携帯が鳴った。
「はい。だれ・・・」
「ちょっと何やってんの! 遅いじゃないのよ!」   
「・・・今入ろうとしたところだよ」
「もうっ!」
「今行・・・」
 pi !
 用件が終わるとすぐ切られてしまった。
「は、はは・・・」
 僕はフェイスマウントを着け、コントローラーを握った。

 Δサーバ 

 ログインすると、一瞬の暗闇の後「Δサーバ〜水の都 マク・アヌ〜」の文字が現れ、目の前に石造りの古風な町が広がった。
 正面の道の先には橋があり、その下には美しい川が流れている。
 空は澄んでいて、涼しい風が髪の間を通り抜けるのを感じる。
 リアルでの狭苦しい世界を思い出し、背伸びをしてみる。
 フェイスマウントを着け、コントローラーを握っているだけなのに、それ以上の感覚がある。不思議なものだ。
 そのクオリティに思わず笑みがこぼれる。
「綺麗な町だなあ。何かヨーロッパって感じだ」
 町の風景をぼうと眺めていると、何故皆があれほど熱狂するのかが分かる気がする。
 まだ戦闘も経験していないのに、朋美からの誘いをもっと早く受ければと後悔した。
 しばらく町を眺めた後、カオスゲートに目を向けた。
 「カオスゲートの前で待ってて」と言われたのだが、いない。
 メンバーアドレスを教えてもらうのを忘れていたので、サーバー内での直接の連絡が出来無い。仕方なく、携帯にメールを送る事にした。    
 町並みを見渡したり、リアルでトイレに行ったりして待っていたが、何分たっても朋美は現れなかった。
「探しに行こうかな」
 ここで待っているよりも探した方が早いと思い、手始めに僕は橋の真ん中で話している二人組みに声をかける事にした。
「ええと・・・突然ですみませんが、ここら辺で碧眼の騎士ってPC見なかったですか?」
 朋美はザ・ワールドを初めて長い。『碧眼の騎士』と言えば、誰に聞いても分かると自慢げに話していた。
「碧眼の騎士? 誰だいそれは? 隻腕の騎士なら聞いたことがあるが」
 ・・・って、おい! と、軽く心の中でツッコミを入れながら、気を取り直して質問を続けた。
「じゃ、じゃあ隻腕の騎士さんは今何処に?」
 有名な人なら、ザ・ワールドを長く続けているはずだ。朋美のPCのことを何か知っているかもしれない。
「ふふふ。今君の隣にいるのが彼だよ」
 そう言って二人組みの一人を顎でしゃくった。見ると、身長が2メートルはあるだろう大男が、こっちを見ていた。
「何か用かな?」
 顔は怖そうだが、 なかなか感じのいい人だ。
「碧眼の騎士? おお、知っている。さっき武器屋で見かけたぞ」
 いきなり核心に迫った情報を貰え、僕は少し嬉しくなった。
「ありがとうございます!」
 一言お礼を言い、僕は武器屋に向かった。

 ユキトが丁度橋を曲がったとき、二人のPCがカオスゲートから出てきた。
 一人は剣士、もう一人は呪紋使いだ。

「へぇー。じゃあまたセリアの計画達成に一歩近づいたわけだ」
「うん。まあね」
「PC同士がより気軽に共に戦う仲間を見つけられるような場を作る。なかなかいい事思いついたな」
「でしょ?」
 セリアと呼ばれた剣士は、にんまりと得意げな笑顔を浮かべて答えた。
「紅衣の騎士団が解散してから、かれこれ半年か」
「そうね」
「半年前の事件、それにこの頃の不可思議な現象。yu_jiの奴はああ言ってるけど・・・」
「まあ、それは彼らに任せましょ。どうせ、私たちにはあがなう術が無いんだし」
「そうだな」
 呪紋使いは残念そうにため息をついた。
 二人とも、ほかのPCに比べて神々しい感じがする。
 セリアと呼ばれた剣士の目は、エメラルドの様な輝きを放っている。装備品も、頭からつま先まで白を基調とした流線型の美しいものだ。その白が彼女の碧眼を一層引き立てている。
「ところでミネルト・・・」
 しばらくの沈黙の後、セリアが、周りを気にしながら口を開いた。
「あの話かい?」
「ええ」
「この頃BBSでも話題になっている事だろ? 以前戦った敵は・・・何度攻撃をしてもHPが減らなかったし」
「それで? 倒せたの?」
「倒せない・・・何とかダンジョンに逃げ込んで、やり過ごした後ゲートアウトした」
「・・・」
 二人の後ろでカオスゲートが突然開いた。
 ミネルトはちらりとゲートを見て、声を小さくして話を続けた。
「今つかんだ情報によると・・・」
 だが、
「セリアだな?」
 突然カオスゲートから出てきた二人のPCが、脅し口調で話し掛けてくる。
 マナーも何もあったもんじゃない二人に、セリアは少し苛立たしい表情を見せながら、
「ええ。で、誰ですか、あなたたちは?」
 と答えた。
 カオスゲートから現れた二人のPCは、禍々しい赤黒い装備品で身を固めている。
「我々に同行してもらう」
 二人のうちの一人が剣を抜いた。
 途端に画面が戦闘モードへと切り替わる。
 二人は顔を合わせ、目を疑った。
「なっ!」  
 二人のうちの一人がゆっくりと歩き出す。データ転送率が低くなったのか、まるで粘ついたコールタールの空気の中を歩いているようだ。
 ミネルトは杖をかざし、セリアの前に立った。
「どけ!」
「おい! 何だこれ? 何かの・・・」
 ・・・イベントでもあるまいし。と言い終わるか終わらないかの内に、前に出て来たPCの一刀がミネルトの杖をかすめる。
 その瞬間、ミネルトの杖は緑の数字の羅列になって、弾け、消えてしまった。
「え?」
 何が起こったのか分からず、呆然と自分の手を見つめるミネルトの横を通り、PCはゆっくりとセリアに近づく。
「ま、待て!」
 はっと我に返り、ミネルトが振り返ると、PCは待ち構えていた様にミネルトの顔に手をかざして呪文を唱えていた。
 ニヤリと口を歪ませ、詠唱を終える。
「ッ!?」
 次の瞬間、ドォォンと落雷の様な音がし、ミネルトはどさりとその場に倒れた。
「・・・」
 そのPCは動けないミネルトを一瞥すると、カオスゲートを開いた。
「は、離しなさいよ!」
 見ると、既にセリアはもう一人に捕らえられている。
 暴れるセリアを見て、PCは黙ってミネルトの喉元に剣先を当てた。
 画面が戦闘モードのため、ログアウトも出来ない。
 仕方無く、セリアは腕の力を抜いた。
「・・・くっ」
 二、三口言葉を交わした後、二人はセリアと共に光の中に消えていった。
「ま、待て!」
 放ったれたギライドーンには、何か特殊な追加効果もあった様だ。通常の麻痺とも違う全身の痺れに体を動かす事が出来ず、片膝をついた。
「・・・くそっ! どうなってんだ!」
 静かになったカオスゲートを見ながら、ミネルトはそう吐き捨てた。


 その頃、ユキトは橋の上で川を見下ろしていた。
 隻腕の騎士の言うとおり、『隻眼の騎士』はいた。眼帯をつけた侍の様な騎士?だったが。
 機嫌が悪かったらしく、コテツソードがどうたらこうたらと愚痴を聞かされた。
 どうも途中で『碧眼の騎士』と『隻眼の騎士』が入れ替わってしまったようだ。
 その為、武器屋、魔法屋、預かり所など何回もたらい回しにされた。
 何故か徒労感がある。
「今日は都合が悪くなったのかな」
 何かの都合でログアウトしてしまったのなら、会えるはずも無い。  
 仕方なく、僕はカオスゲートに向かった。
「?」
 カオスゲートの前には、片膝をついて動かないPCがいた。
「大丈夫ですか?」
「・・・・・・」
 不思議に思い、呼びかけると、てんてんてんと答えた。
 全身が帯電しているようにピリピリと黄色く光っている。
 どうやらマヒのようだ。
 道具屋で買った『気付け薬』を使うと、呪紋使いは不思議そうな眼をしながら体を起こした。
「・・・ありがとう、助かったよ。君は?」
「え? ああ。僕はゆう・・・じゃ無くてユキト」
「ん? ああ、お前か。そうかそうか」
 そう言った呪紋使いの顔がぱっと明るくなる。
「あ、あの・・・何でこんな所で?」
 カオスゲートの前でマヒしている呪紋使い。
 朋美に頭がザ・ワールドでいっぱいになるほど話を聞かされたけど、何せ今日が初めてだからな・・・。
「助かったよ。お礼に、俺のメンバーアドレスを教えとく」

 ミネルトのメンバーアドレスを入手した!


 どうやら僕の質問は聞いていなかったらしい。
「よろしく」
 そう言って、ミネルトはカオスゲートを開いた。
「あの・・・碧眼の騎士ってPC知ってますか?」
 その言葉にはっとしたのか、カオスゲートの前で一端止まったが、
「知ってるけど、今は分からない・・・」
 と答えて、光の中に消えてしまった。
「どうゆうこと?」
 僕は頭に「?」マークをつけ、しばらく考え込んだ後、レベルを上げてからログアウトした。

To be continued 

 

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