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第一章・第三話

『旅は道連れ』


 次の日、朋美は学校に来ていなかった。
 欠席理由ははっきりしていないそうだ。
 が、きっと風邪か何かだろうと思った。
 朋美の家族は、朋美を残して今アメリカにいる。
 弟の一迅とはザ・ワールド内で度々会っているそうで、一緒に行動する事も多いと話していた。
 朋美が風邪などで寝込んでしまったり、寝過ごした場合、連絡する者がいない。ゆえに、無断欠席も今までに何度かあった。
 それよりも、昨日の事が気にかかる。
「知ってるけど、分からない」
 あの人は・・・確かミネルトはそんな事を言っていた。
 一緒にいたのなら何か知っているのかも。
 色々な疑問が浮かび上がる。
 そんなこんなで疲れた僕は、結局午前中の二時間を瞑想に費やしてしまっていた。
「生きてるか、祐斗!」
 三時限目の終わり、寝ぼけ眼の僕に、友達の佐藤邦彦が話し掛けてきた。こいつもザ・ワールドをやっていて、朋美とはよくそのことで話をしていた。
 サッカー部の副キャプテンで、MF。ぶっきらぼうだが優しい邦彦は、学校内でも人気が高い。朋美と僕と邦彦は三人とも小学校以来の親友だ。
 いや、悪友とでも言うべきか。
 行動力が異常に強い、その上朋美と同じく両親が共に海外に出ている。
 それをいい事に、僕はよく夜中遊びに連れて行かされている。
 朋美、邦彦の二人は気が合うみたいで、勿論僕も否応無しに引きずりまわされていた。
「どうしたの? 短い昼休み、わざわざこの階まで来て」
「ああ、そうそう。ザ・ワールドやっと始めたんだな」  
 そう、よく考えるとクラスの中にはザ・ワールドをしている者が多数いる。
 みんなそれぞれメンバーアドレスを交換し合ったりしているのだろうか。
 ザ・ワールドを始めたのはつい昨日のことなので、邦彦にはまだ話していないはずだ。
「え? 何で分かったの?」
「・・・俺と同じ匂いがする」
「は、はは・・・なんだそれ」
 いつもの調子で面白くもないギャグを言う邦彦に、僕はいつもの通りの返事をした。
「・・・朋美に・・・聞いたんだ」
「ん〜、やっぱり。でさ、何かアドバイスとかない?」
「Lv上げのときは自分のLvより3Lv上のフィールドが丁度いいぞ」
「そうなの?」
「あと、仲間を集めな。一人は危険だ」
「生き返らせてくれる人がいなくて、何回もゲームオーバーしちゃったよ。ははっ!」
「だろうな〜。Lvの低いうちは特にきついからな。Δサーバには初心者が多いから声をかけてみるといいよ」
「さんきゅー」
 人間、同じ趣味をもつ者をみると、自分からその話をしたくなる。邦彦は間違いなくその類の人間だ。
「と、今Lv何だ?」
「ん〜、8かな」
「一日目にしちゃ結構上がったな」
「うん。疲れたよ。昨日は朋美のやつ来ないんだもん。参ったよ。挙句の果てに今日休んでるし」
「まあ、あいつの事だから大丈夫だろ」
「そうだな」
「んじゃ、俺は行くから。Lv上げ頑張れよ」
「邦彦も部活頑張れよ」
「おう!」
 チャイムが鳴るのと同時に、邦彦は走って教室を出て行った。
「ふぁ〜あ」
 僕は邦彦が帰った後、今一度大きなあくびをした。
 結局、昨日は朝方まで遊んでいたので、午前中だけでは足りなかったようだ。
 その日は一日睡眠に費やす事になった。

◇  

 学校から帰る途中、先生に渡されたプリント類を届けるため、朋美の家に寄ることにした。
 寄ると言っても朋美の家は僕の家の隣の隣だ。中学校の頃はよく二人で登校していたが、高校生になり、朋美に彼氏ができた事もあり、二人で通うことは無くなった。
 朋美の部屋の明かりが付いていたので、インターホンを何度か押してみたり、大声で朋美を呼んでみたが、返事は無かった。
 仕方なく僕はポストにプリント類を置き、家に帰った。
「さて」
 家に帰ると、僕は早速パソコンのスイッチを入れ、メールチェックをした。
 今日は・・・4通か。
 4通のうち1通は知らない人からのメールだった。
「『Δサーバ 閉ざされし 忘却の 双丘』#%du../*」
「・・・何だこれ?」
 その時、家の前を救急車のサイレンが通った。首筋を冷たい刃物が通ったような、切れ味のある寒気がした。
「『Δサーバ 閉ざされし 忘却の 双丘』・・・いくらザ・ワールドが普及しているとはいえなぁ」
 OSがALTMET以前のときに流行ったバグメールを思い出した。
「まさか・・・な」
 不思議な事にテキストであるその文字にポインタを合わせると・・・クリックが出来るようになっていた。
「祐一! 邦彦君よ!」
「は・・・はいはい!」
 下へ降りると、邦彦が学ラン姿で玄関に立っていた。
「どしたの?」
「いや、朋美のことで」
「今日は部活は?」
「明日から大会だから。今日は休み。でさ、朋美、やっぱ調子悪かったんだな」
「連絡あったの?」
「いや、さっき朋美が救急車で運ばれたんだ」
「!?」


「朋美・・・」
 201号室集中治療室のガラス越しに、朋美は寝ていた。
 その顔は穏やかで、今にも「おはよう!」と言って来そうなほどだ。
 通りがかりの看護婦さんに自分達が朋美の友達である事を話し、症状を聞こうとしたが、教えてはくれなかった。
 僕達は、すやすやと寝ている朋美をしばらくガラス越しに見ていた。
「・・・・・・」
 悔しそうにこぶしを握り締める邦彦。
 きっと、こいつのことだから「自分が朋美の体調の変化に気付かなかったのがいけなかった」などと自分を責めているんだろう。
 ・・・朋美の異変に気付かなかったのは、僕も同じだ。

「なあ?」
「ん?」
 帰り道。僕達は朋美は勉強のしすぎだの、一人だから風邪の治療ができなかったからだのと話しをした。
「んじゃまた明日」
「バーイ!」
 家から二番目の交差点で、僕達は別れた。

「どうだった?」
 家に帰ると、母さんが玄関で待っていた。
「症状とかは教えてはもらえなかったけど、今集中治療室にいて、明日には普通の病室に戻れるって」
「集中治療室? そんなにひどいのかしら」
「え?」
「集中治療室なんて、そんなに簡単に入れられるものじゃないのよ」
「あ・・・そうか」
 「明日には普通の病室に移れる」と言われていて見落としていた。集中治療室・・・。確かに変だな。
「ね」
「とにかく、明日になれば先生とかからも教えてもらえるだろうから」
「アメリカにいる御両親には伝えておいたわ」
「うん」  
「明後日には麻美ちゃんがこっちに帰ってくるって」
「わかった。邦彦にもそう伝えておくよ」
 ちなみに、”麻美ちゃん”とは朋美の母親の名前だ。家が近いのもあって、家の両親とは仲がよかった。
「夕飯、すぐにできるから」
「今日はいいや」
 二階に上がり、ベッドに寝転ぶ。天井を見ながらぼうとしていると、メールの受信音が聞こえた・・・気がした。
 横目でちらりとパソコンを見たが、放っておいたからかALTMETのスクリーンサーバーになっている。
 僕はそのまま横になりながら、朋美が無事目を覚ますよう祈り続けた。

「朋美、朋美。聞こえるか?」
「・・・」
 ここは一般病棟の402号室。同じ部屋には朋美の他、三人の患者がいて、それぞれの傷を癒している。
 きっと、朋美も自分の中で何かと戦っているのだろう。
 朋美がこの病院に搬送されてから早一週間が過ぎた。あの日以来、僕も邦彦も時間を見つけてはここにやって来ている。病名は、未だに分かってはいない。脳波も正常で、自発呼吸もある。完全な植物状態らしい。
「クラスのみんなからの花、ここに置くよ」
 何を話しても答えることの無い朋美を見て、切ない気持ちになる。
「俺たち今日はもう帰るから」
 邦彦が朋美の前髪を梳きながら言い、僕達は家路に着いた。

「原因不明か・・・フン」
 家の近くの公園で、邦彦はふとそんなことを口にした。
「どうしたんだよ? 急に」
「朋美の原因不明の意識不明。今さ、ザ・ワールド関係のHPでいろいろ噂が流れてるじゃん」
「テレビでもやってたやつ?」
「ああ。朋美も、あの時ザ・ワールドやってたんだよ・・・」
「・・・」
「おかしいだろ? あんなに掲示板騒がせたのにザ・ワールドのBBSではスレ一つだなんて」
「確かに・・・」
「そう言えば祐斗の親父、CC社に勤めてるんだよな?」
「うん」
「何か教えてくんないかな? 裏事情とかさ」
「多分無理。父さん会社で何を担当してるのかも教えてくれないから」
「そっか・・・」
「まあ、一度聞いてみるよ」
「頼んだぜ」
 邦彦はブランコを大きく揺らし、柵を越えて着地した。
「じゃ、また明日!」
「うん」

 家に着くと、珍しく父さんがリビングに座っていた。
「遅かったじゃないか。父さんもうお腹減ったよ」
「うん。ごめん。邦彦と公園で話して・・・」
  お腹減ったって・・・もう食べ初めてるし。テーブルには色とりどりのご馳走が並べられ、父さんは生ハムとチーズがのったクラッカーを口にしていた。
「今日は珍しいね。仕事、早く終わったの? それとも・・・リストラ?」
「・・・母さんと同じ事を言うな。まあ、今日は・・・な」
 台所で洗浄機に皿を詰めている母さんをちらりと見て言った。母さんはニコニコしながら頷いた。
「ああ。そうか。何なら外で食べてくればよかったのに」
「いや、この頃忙しくてろくに家で食べてなかったからな。母さんの手料理も食べたかったし」
 こうして、今日は実に2週間ぶりの一家団欒となった。

 食事が終わった後、父さんはソファに腰掛け、テレビを見ていた。
「ねえ、父さん」
「ん?」
「ザ・ワールドのこと詳しいんだよね?」
「ああ。だけど、攻略法とかなら教えるわけにはいかないぞ」
「いや、父さんCC社で何の仕事してるのかなっておもってさ」
「広報部門で働いてる」
「広報部門?」
「そう、企業PR及び渉外担当と言ったところだ」
 普段話さないだけに、話題を振られた事が嬉しかったのか、上機嫌で答えてくれた。
「あのさ、朋美のことなんだけど」
「朋美ちゃんか。容態はどうなんだ?」
「意識はない。自発呼吸もしてるし、まるで眠ってるみたいだよ」
「そうか・・・」
 難しい顔をしながら、背中をソファに預けた。
「でさ、倒れたとき朋美、ザ・ワールドやってたみたいなんだ」
「・・・」
 父さんの表情が一層険しくなる。
「このところザ・ワールドを扱ってるいろんなサイトでもこの話が・・・」

 話題になってるんだ。何か知らない?

 と、言いかけたところで、父さんは立ち上がった。
「すまんな。仕事を思い出した」
 大人はすぐこう言って逃げる・・・父さんの背中に小さな声でそう言った後、僕も自分の部屋に戻ることにした。
 手を掛けた階段の手すりがぎしぎしと鳴る。その音は妙にうるさく聞こえ、癇に障った。
 部屋に戻った僕は、ザ・ワールドを起動し、BBSを見てみることにした。
 画面の左上から剣が降りてくる。その剣には『Key of the Twilight』の文字。半年ぐらい前から話題になっている単語だ。
「BBSはと・・・」
 BBSには相変わらずプチグソの育成だのLv上げの極意だのの話題で盛り上がっていた。
「やっぱないよなぁ・・・ん?」
 その中に、興味深い物を見つけた。
「『意識不明』・・・? この間ゲームを一緒にしてて、次の日からヤスヒコは意識不明になりました。誰か原因を知りませんか?」
「・・・」
 僕はとにかくログインしてみる事にした。

Δ(デルタ)サーバ

 マク・アヌは相変わらずの賑わいを見せていた。
 アイテムの売り買い、トレード、情報交換、様々な目的の人がいる。僕は道具屋で今まで集めたアイテムを売り払い、回復系のアイテムを買い込んだ。
 そして、一旦レベル上げの為カオスゲートを開いた。

 
 
 

 ここはかつて文明が栄えていたと思われる場所だった。後ろには蔦が絡みついた年季の入った風車がゆっくりと回っている。空は晴れていて、平野の為遥か遠くまで見渡せる。
 妖精のオーブを使い、フィールド内の魔法陣の場所を調べた。
 と、その時

 ドーン!!

 と、突如風車のような建物の後ろで、大きな物音がした。
 駆けつけると、そこには大柄で頼りない顔をした重斧使いが、二体の敵から攻撃を受けていた。
「おお、良い目をた少年よ! べすけてくれ!」
「え? 僕?」
 相当焦っているんだろう。早口言葉の為か、音声認識の誤認が多い。
「助けてくれ!」
 チャット欄には相変わらず「助けてくれ!」と連打されていたので、重斧使いを回復したあと、サクッとその敵を倒した。モンスターは、図体こそ大きいが、Lv的には大したことがなかった。
「あ、レベルUPした」
 呆けた顔で上を向き、彼はそう言った。
「ありがとう・・・少年よ。私にはこのエリアはまだ早いようだ。頭上に星々の輝きのあらんことを!」
 そう言って、重斧使いはゲートアウトして行った。
「少し早いって・・・」
  現在のエリアレベルを再確認・・・。Lvは15だ。
「僕より少し低い、10・・・かな」
 などど勝手に決めつけ、フィールド内のモンスターを次々と攻略して行った。

 町に戻ると、相変わらず人々がせわしなく行き交っていた。昨日から始めたLv.13の僕は、まだこの世界では初心者だ。昨日何度も足を運んだ道具屋でさえ、まだよく位置をつかんでいない。
「さて・・・とりあえずLv上げに付き合ってくれる人を探すかな」
 カオスゲートの前で仲間を集めるのは常套手段らしく、『仲間募集』と叫んでいる人が数名いた。
「ねえ、ちょっと君!」
 その中の一人の呪紋使いに目を付けた時、後ろから甲高い声に呼び止められた。
「君だよ君!」
 呼び止めたのは、重そうな剣を肩にかけた重剣士だった。重心を右に左とかけ、どこと無く落ち着きがない。
「私、今一緒にパーティ組む奴探してるんだけど。もしかしたら君も・・・」
「え?」
「君、今レベル何?」
「僕? ・・・13だけど」
「マジ? 丁度よかった〜。私今Lv.10なんだけど、ちょうどいい人なかなかいなかったのよ〜」
 さっきまで声をかけようとした呪紋使いは、見た事もないような装備を付けた剣士と共に、カオスゲートの中に消えていってしまった。
 まあ、いいか。と視線を重剣士に戻す。
「僕は昨日から始めたんだ。今日は君と同じくパーティーになってくれる人を探してい・・・」
「んじゃ決まりね! 私はフィア。フィアナの末裔からとったのよ。カッコいいでしょっ?」
 自慢げに胸をはるフィア。
 僕の発言を途中で切るこの人。誰かさんに似ているような気もした。
「メンバーアドレスあげるから、登録して」
「うん」
 半ば押し切られるような形だったが、最初から一人だった僕にはこの誘いが嬉しくもあり、喜んでフィアのメンバーアドレスを受け取った。

 フィアのメンバーアドレスを入手した!

「ユキトね。よろしく」
「こちらこそ」
 フィアからパーティの誘いがあり、僕はそれに答えた。
 しばらく話し込んだ後、僕達は早速冒険に出ることになった。
「じゃ、行くわよ」
 カオスゲートに近づき、ランダムで適当なフィールドを探す。
「・・・よし! Lv.12、雨 フィールドタイプ:木 これでいいわね?」
「いいよ」
 光の帯に包まれ、僕とフィアはフィールドに転送された。

名もなき 約束の 猫市場

 


 雨だ。それも土砂降りの。まるで、この世界全体を洪水で洗い流そうとしているかのようだ。
 ひんやりとした空気が、薄暗く不気味なこの世界を満たしている。目の前にはさほど高くない丘がある。丘に登る。丘の上からの風景は、この世界が何もないただの平野である事を物語っている。ちなみに、『猫市場』何て物はどこにもないようだ。転送されるとき、僕は少し期待していたのだが。
「ねえ、ユキト」
「えっ?」
「そんな驚いた顔しないでよ。ほら、あそこに敵がいる!」
 見ると丘の下にはガーディアンとロックヘッドがうろうろしていた。右に左にと鳩の様にこちらに近づいてくる。
「気付かれた!」
 ガーディアンは僕たちを敵と認識し、一直線にこちらに近づいてくる。
「わわわっ」
 フィアの慌てた声が遥か遠くから聞こえる。
「って、逃げないでよ!」
「だって予想以上にデカイんだもん!」
 見ると、敵はまだ丘を上りきっていないというのに、頭までは既に僕らの背丈と同じぐらいはあった。
「せめて戦ってからでも・・・うわっ!」
 いつの間にか間合いを詰めていたガーディアンの攻撃がヒットした。
 スキルを使い、ガーディアンのHPを削ってゆく。その後ろにはロックヘッドが地面を浮遊しながら僕の後ろに回りこんできた。
「夢幻操武!!」
 まるで夢でも見ているかの様な剣筋で、ガーディアンを斬り付ける。二回目の夢幻操武によってガーディアンのHPは残り数ポイントとなったが、後ろに回りこんできたロックヘッドの攻撃で、こちらもかなりのダメージを受けている。『癒しの水』で体力を回復させながら逃げ回り、SPを回復させ、三回目の夢幻操武をガーディアンに叩きつける。
 ズーン!
 と音を立てながらガーディアンはその場に崩れ落ちた。
「フィア、フィア!」
 何度も呼んだがフィアは返事もしない。そんなに遠くへ行ってしまったのか。
 グオーン!
「ちっ! ロックヘッドがまだ」
 ロックヘッドは腕と思われる二つの石を回転させて殴りつけてきた。
「うわっ! フィア! くそっ・・・夢幻操武!!」
 『癒しの水』を使った後、ロックヘッドに夢幻操武を叩き込む。そしてまた逃げる。ロックヘッドの技が届かない所まで。その繰り返しだ。
「SP回復、よし!」
 ロックヘッドに近づく。ロックヘッドはさっきと同じスキルを使って攻撃を仕掛けてきた。ロックヘッドの攻撃に耐えながら、『癒しの水』を使う。次の瞬間、ロックヘッドの攻撃が一瞬止んだ。
 今だ。
「夢幻操武!!」
 ズズーン。
 ロックヘッドが崩れ落ちる。『バトルモードオフ!』の表示が現れ、戦闘が終了した事を示す。乾いた不思議な音がし、Level UPの文字が浮かび上がった。
「はぁはぁ・・・。フィアは?」
「ユキト〜! 早く来てー!」
「どこっ?」
 後ろの丘を登ると、そこには更に二体のロックヘッドがフィアを取り囲んでいた。
「またか・・・」
 息つく暇もないその展開に、僕はため息をついた。

「早く回復して〜っ!」
「リプス!」
 僕はフィアにリプスを使い、二体のロックヘッドの右の方に、夢幻操武を叩き込んだ。すぐさま右のロックヘッドはターゲットを僕に変更し、フィアも同じロックヘッドに剣先を向けた。
 ユニオンバトル作戦だ。
「スキルじゃんじゃん使っちゃおう!」
「うん」
 フィアと僕の二人に囲まれたロックヘッドは、僕のほうに気を取られている間に、フィアの攻撃でHPをガンガン削られている。さすがは重剣士。その攻撃力たるや、相当なものだ。
「カラミティ!」
 上段と下段の技を組み合わせたその大技は、確実にロックヘッドのHPを削ってゆく。二体目のロックヘッドがフィアに攻撃を仕掛けているが、僕はフィアの残りHPに気を付けながら『癒しの水』を使っている。この前、入手した武具を売り払い、大量購入した甲斐があった。かなりの赤字だが、この分では負けることはないだろう。
「夢幻操武!」
 とどめの一撃を入れると、ロックヘッドはまたもやその場に崩れ落ちた。そして、二体目のロックヘッドにターゲットを移す。
「弱いじゃん! へへ〜、いくわよ〜!」

「はぁはぁ・・・」
 雨の中、二人は岩の陰に腰を下ろしている。フィールド内には既に魔方陣は一つもなく、このフィールドにいるのは僕とフィアの二人だけになっていた。
「どう? 私の剣捌き?」
 さんざん人に回復アイテムを使わせたくせに・・・と心の中で思っていたが、確かにこの攻撃力には驚いた。きっとパラメータの振り分けを腕力に集中させたのだろう。体力が重剣士にしては無さ過ぎる。双剣士の僕と同じぐらいなのだから・・・。
「で? 次はどうするの?」
「モチ、ダンジョンにGO!」
「癒しの水後2個しかないよ?」
「オーケーオーケー! それだけあれば十分よ!」
「う〜ん・・・じゃあ、行こうか」
「ええ」
 僕達は『妖精のオーブ』によって示された、ダンジョンの入り口に向かって歩き出した。

 ダンジョンの入り口は大岩で造られていて、暗いフィールドの不気味さをより一層引き立てている。
「不気味ねぇ」
「でも今まで一人で入って行ってたこと考えると二人ってのは心強いね」
 ダンジョン内は薄暗く、コツコツと硬い足音しか聞こえない。廊下は意外と長いようだ。左右の壁には赤い線のような文様が浮かび、その周囲には古く、腐ったような蔦が絡み付いている。
「アプドゥ!」
 『快足のタリスマン』を使い、アプドゥの効果を得た。
「きゃっ! いきなり呪文唱えないでよ! びっくりしたなあ、もうっ!」
「え? ああ、ごめん」
「ねえ」
 猫なで声で擦り寄って来るフィア。実際にはフェイスマウントディスプレイを着けてパソコンの前に座っているだけなのに、何故か僕はたじろいでしまった。
「な、なに?」
「今のやつ、私にも頂戴!」
「だ、駄目だよ。僕だって初心者なんだから、人に物をあげるほどお金ないんだよ」
「ケチッ」
「人に散々癒しの水使わせてたくせに!」
 今までの偉そうな物言いにカチンときた僕は、いつの間にか怒鳴ってしまっていた。
「うっ・・・だって仕方ないじゃない」
 僕が怒った事にびっくりしたのか、しゅんとした表情になるフィア。
「仕方ないって、何が?」
「だって、ユキトが助けに来てくれる時までに癒しの水使い切っちゃったんだもん!」
「それに・・・」
 フィアは今にも泣きそうな声で言った。
「それに?」
「・・・もういいっ!」
 そう言うと、フィアは走り去ってしまった。
「あ・・・」
 行ってしまった。
 一人になると、ダンジョン内は一層無気味に見えた。真横の壁には、蔦が顔の様な形に絡まっている。その顔は、怒っている様に見えなくも無い。
「ごめん・・・」
 そう呟いて、僕はフィアの後を追った。

 『妖精のオーブ』を使い、一階の地図を出す。一階は何とこの長い廊下だけのようだ。少し損した気分になりながら、僕は階段へ走っていった。
 地下二階。
 フロアの先には、フィアが倒したのか魔方陣は無い。奥には更に二つのフロアに繋がる入り口がある。『妖精のオーブ』を使い、この階層のマップを出す。
「妖精さんがフィアを見つけてはくれないのかな・・・」
 などと思いつつ、僕は正面の入り口に向かった。
 次のフロアには宝箱があった。
 宝箱に手を掛けようとしたその時、フィアのHPパラメーターに変化があった。
 フィアが回復アイテムを持っていなかった事に気付き、急に胸の鼓動が高まる。・・・何とか凌いだ様だ。HPの減りが止まった。
「早く見つけなきゃ」
 そう言って僕は次のフロアに走っていった。

「何よあの言い方!」
 地下三階ではフィアがぶつくさ文句を言いながら宝箱を開けていた。
 ドカーン!!
 爆発音と共に瀕死の状態になる。
「しまった! 痛っ」
 ボタン操作の間違えに思わず苛立ち、机にしたたか足をぶつけてしまった。
「このまま出ようかな・・・」
 オンラインゲームの世界なので、このままだ脱出すればユキトとも会わずに済む。無意識に『妖精のオカリナ』を探したが、無かった。
「あ〜あ、買っとけば良かった!」
 上に戻ったら鉢合わせしそうなので、仕方なくフィアは次のフロアに向かった。

「一人で倒していったんだ・・・」
 どのフロアにも敵がいないことに、僕は半ば感心した。クリアしたダンジョンを歩いている気分だ。
「早く見つけて謝らないと・・・あっ」
 フィアのHPパラメーターが一瞬で残り少なくなった。
「!?」
 僕の中では、いつしか謝らなくてはという強い強制力が働いていた。その衝動のような感覚が、更に僕の足を急がせた。

「しまった!」
 瀕死の状態で安易に次のフロアに来てしまった事に後悔する。魔方陣までは距離があるので、まだ発動はしていない。
「う〜・・・チェックメイトかぁ」
 フィアは溜め息をつき、その場に座り込んだ。

 地下三階。
 息を切らしながらユウトが走ってゆく。
 『妖精のオーブ』は二階で使い切ってしまった。これからは自分の足でマップを広げて行くしかない。
「フィアー!」
 ”大声”で呼びながらフロアからフロアへと走り渡る。
 三つ目のフロアを入った所に、彼女は座っていた。
 2つの魔方陣を前に、瀕死の状態で。
「・・・遅いぞ」
 ブーたれたその顔は部屋の隅を見ている。
「え・・・? ・・・あ、さ、さっきはごめん」
 探してたとはいえ、実際に何て謝ったらいいかわからず、しどろもどろになる。
「あたしも、その、悪かったわ」
 相変わらずそっぽを向いたまま喋るフィア。からからと大剣を転がしながら、フィアは振り返った。
「んで、どうすんの?」
  がらん、と一度大きな音で転がした後、フィアはうんざりした目で言った。
「え? 何が?」
「パーティ。辞める?」
「え・・・」
「私、仲間意識とかそうゆうの薄いって言うか・・・すぐ喧嘩になっちゃうのよね」
 そんな事をLv.10で悟ったのか・・・。こんな短時間で一体何回喧嘩したんだ、フィアは。
「ん? どしたの?」
「え? ああ、何でもない」
 難しい顔をしてたのか、フィアは怪訝そうな顔で僕を見てきた。
「で?」
「う〜ん、折角仲間になったんだし、続けてみない? もちろん、フィアが良ければだけど・・・」
「いいの?」
「何が?」
「だから〜、いいの? きっとこれからもこんなことあるよ」
「まあ、その内慣れるよ」
 フィアは少し考え込んだ後、
「変な性格」
 と言って魔方陣に近づいて行った。
 何とか仲直りを果たせた事に喜びを感じ、僕も足早にフィアの後を追った。

 そう言えば・・・
          大事な事を忘れていた。

「フィア!!」
 大声で叫んだが、遅かった。部屋の入り口にある鉄格子が勢い良く閉じられ、次いで一つ目の魔方陣から出てきた戦士の髑髏がフィアに一撃を見舞う。
「・・・回復、忘れてた」
「げげ〜!!」
 ドーン!
 という音と共に、フィアのグラフィックが死を意味する灰色になった。
「回復、回復っ!!」
 フィアがしきりに蘇生を懇願してくるが、僕にはその手段が無かった。
「・・・ごめん。蘇生の秘薬持ってない」

 かくして、僕達のパーティー最初の冒険に幕が下ろされた。

「これからは気をつけよう」
 画面に赤い文字で「GAME OVEVR」と表示され、次いでザ・ワールドのメイン画面に戻る。その数秒後、メールの受信を知らせる音が鳴った。
 送り主はフィアからで、、メールには
『今日はありがとね。せっかく冒険一緒にしたのにゲームオーバーになっちゃったけど、楽しかったよ! 遅いから寝ます。おやすみ〜☆』
 と書いてあった。
「ゲームん中とキャラ全然違うが、これは・・・」
 などと考えていたが、時計を見るともう二時を回っていた。
「僕も寝よう」
 あくびをした後、僕はパソコンを切って眠りについた。 

To be continued

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