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第一章・第六話

『プレゼント・フォー・ユー』


「夢幻操武!」
 これでもかと切りつけた敵は、5分ほどの激戦の末、ようやく倒れた。
 こちらもかなりアイテムの消費をしたが、その甲斐あって得られた経験値はまあ、上々だった。
「ふぅ」
 PTを組むよりもソロの方が経験値が入ることを知ってから、よほどの所に行かない無い限りはこうして一人でやっている。
 まあ正直な所、最近フィアがログインしていないので、誘う相手がいないのだが。
 気がつくと、乾いた音が響き、LvUPを告げていた。
「ようやく30か」
 この二週間で驚異的にLvUPさせたPCユキトは、逞しささえ感じられた。
 ゲートアウトすると同時に、メールの受信を知らせる音が鳴った。
「なんだろ?」
 『送信者:クヌギ ターコイズの配下のクヌギと申す。セリア殿から預かっている物があるので、Λサーバに来られたし』
「なんか、この人たち濃い文章好きだな・・アハハ」
 などと苦笑いをしながら、僕はカオスゲートに向き直った。

Λ(ラムダ)サーバ

 Λサーバは”ゲールの歌”と称される、古代呪紋で守られた文明都市だ。夜を背景に飛行船が飛び交う様は、正に文明都市の名に相応しい景色だ。
 この町でも、人々は様々な商売、団欒に精を出し、眠らない町を作り上げている。
 このサーバは最近開放されたのだが、フィールドのLv的にまだ挑戦するには早かった。
「おーい」
 後ろの方から”大声”で僕を呼んでいるのは、どうやらさっきのメールの送り主のようだ。
 無骨な鎧に身を包んだ、武士風のPCだった。
「お初にお目にかかる。クヌギと呼んでくれ」
 簡潔に挨拶を済まし、クヌギさんはトレード欄を開いた。
「これは昨日、セリア殿から送られてきた物だ」
「え?」
「点々だらけのメールでな。よく読めんかったが、ターコイズに相談した結果、どうやら君への贈り物のようなのだ」
「いや、待ってよ! セリアは今ザ・ワールドに来れるはずがないじゃないか」
「それは知っている。だが実際送り主はセリアからだったんだ。まあ、詳しいことはターコイズに聞くといいが、彼は最近ログインしてないからな。逢えるかどうか・・・」
「・・・」
「行ってみます」
「うむ。詳しいことは分からないが、君は運がいい」
「何で?」
「その防具はかなりの値打ちもんだ。大事に使うんだな」
「・・・はい」

 マク・アヌの橋を越え、裏路地に入る。そのまま路地の突き当りにまで駆けて行き、突き当りから三番目のドアの前に来た。
 呼び鈴を鳴らす―――が、返事は無い。ドアに手を掛けると『登録者以外の方はご利用できません』と締め出されてしまった。
 仕方なくドアの前で待っていたが、一向に誰かが来る様子も、ドアから出てくる様子も無かった。
「あ・・・忘れてた」
 メンバーアドレスを開き、スピーナにメールを打つ。
 しばらくすると、メールの受信を知らせる音が鳴り、
 『すいません。今、手が離せなくて・・・この件が落ち着いたら詳しくお話しします』
 と返って来た。
「じたばたしてもしょうがないか」
 僕は何だかいつもより重い腰を上げ、武器を両手に一人カオスゲートへ向かった。

「・・・・・・」
「沙耶さん」
「・・・ん? 何?」
「もう授業、始まってますよ」
 そう呼びかけたのは隣の席の寺島さん。大人し系の美人で、席が隣のくせに成績は私とは全体で三十位ほども違う。毎日車で送り迎え。典型的な最馬のお嬢様だ。
「うん。ありがと」
 チャットで言うなら”;マーク”が付きそうな笑いを浮かべ、私は机から本を引き出した。
「あの・・・」
「ん?」
「逆さまですが」
 恥ずかしながらも教科書を逆さまにして持っている。
「まるで漫画ね」
 最近ご無沙汰だった笑いが自然に出てきて、私たちは授業中であるというのに二人してクスクスと笑い合った。―――まあ、結果私だけ前に出て問題をやらされたわけだが。

「ザ・ワールドしてらっしゃるんですよね」
 三時間目が終わり、さあ、いざ食堂へ!という私に、寺島さんは席をぐいと寄せてきた。その目は、どこと無く輝いて見える。
「・・・。うん」
 一瞬ためらったが、頷いた。
「私、お父様から許可が出て・・・その・・・自分の部屋にぱそこんを置けるようになったんです」
 内に隠した”やった”という感情がにじみ出ている声だ。パソコンをひらがなのイントネーションで言う辺り、そっちの方もかなりの初心者なのだろう。
「その延長といっては何ですが、ザ・ワールドというものをしようかと考えているのです」
 妙に律儀臭い感じが、他の生徒との距離が開けている原因の一つなのだが、彼女は分かっていない。私は、別に悪くないと思うんだけど・・・。
「そっか。がんばってね」
 そしてまた、いざ食堂へ!というところで、
「あの・・・ザ・ワールドの事教えていただきたいんですが・・・」
 消え入るような声で聞いてきた。私は何故か寺島さんが二つ持っている弁当と、食堂の温かいご飯の葛藤と戦う羽目になった。

「そうですか。ご指導ありがとうございました」
「お弁当ありがとね」
 寺島さんは、放課後もしばらく残って、私の話を一言も漏らすまいとした態度で聞いていた。内容的には大したことではないのだが、彼女はすごく熱心だった。
 校門を出ると、寺島さんはぺこりと頭を下げ、黒のリムジンの中に消えていった。覗き見防止フィルムが付いているみたいに車内は暗かったが、どうやら手を振っているようだ。リムジンが音も無く滑り出し、その手に答えつつ、私は反対の方向へと足を進めた。

「お帰りなさい」
「ただいま」
 大して感情のこもっていない返事をして二階に上がる。あれからこの態度に何も言わなくなったのは、友達関係を通じて私たちの事を知ったからだろう。―――それはそれでありがたい。
「夕飯できたら呼ぶから」
「は〜い」
  まあ、くよくよしててもしょうがないのは事実で、そんなへにゃへにゃな自分も嫌いだった。私は一つ深呼吸をして、机の上のパソコンを立ち上げた。

Θ(シータ)サーバ

「あんたメール送りすぎ!」
 突然現れたかと思うと、フィアは露骨に嫌そうな顔をして僕を指差した。
「いや、だって一週間ぐらい連絡取れなかったから」
「しかも不幸のメールなんて、今時流行んないわよ」
「いや、それは僕じゃない」
 僕が送った何通かのメールをこれでもかという具合に見せられた。その中には、何通か不幸のメールが入ってる。OSがALTIMITになって、ワームやウィルスを受け付けなくなったため、最近はこんなメールが流行りだしている。
「じゃー、だれよ?」
「フィア恨み買われてそうだから仕方ないんじゃ――」
 ゴンッ!という音がして、僕のHPはほんの少し削れた。
「あれ?」
「ん?」
「あんた、だいぶ強くなってない?」
 意外という感じで、フィアはパチクリと目を瞬かせた。
「まあね」
 と得意げに言う僕に、フィアはザクザクと攻撃をしている。
「ちょっと、HP削れてるよ!」
「うん。ごめん」
 ニパッと笑いかけるフィアは・・・
「何かいい感じだね」
「どしたの? 急に」
「いや、何か前よりいい感じになってるから」
「どこが?」
 不思議そうに体のあちこちを見るフィアは、何だか可笑しかった。
「上手く言えないけど。いい感じだよ」
 フィアはカオスゲートの前まで行って振り向くと、
「ふっきれたんだよ、きっと」
 とフェイスモーションの中でも飛びきりの笑顔を空に向けた。

 

「ちょっとなによこれっ!」
 ダンジョンに入るなり、フィアは大声を上げた。
「え?」
 二つ目の魔方陣を開きつつ振り向くと、フィアのグラフィックは見事に灰色になっていた。
「ここLv何よ!?」
「30だけど・・・」
 このサーバではLv30が限界だ。流石にカルミナ・ガデリカに行くわけにも行かなかったので、僕はこのフィールドを選んだ。
 二つ目の魔方陣が開ききり、グリーンウィルムが二体出てきた。
「高すぎるわよー!」
「でももうLv3も上がったよ」
  『お札・大地の怒り』を続けざまに使いながら、フィアを蘇生させた。二体のグリーンウィルムは下から無数に突き出る石柱に行く手を阻まれ、僕に近づく前に倒れた。
「オリプス!」
 フィアを回復して、僕達は次のフロアに向かった。
 次のフロアの魔方陣は一つだった。紫色に光る魔方陣は、妙な怪しさを醸し出している。
 先に僕が近づいていき、後からそろりそろりとフィアが追ってくる。
「何か、怪しくない?」
「わかんない。初めて見るね」
 魔方陣から数歩手前の所で、魔方陣は光の帯となり、次いで収束した。
「って、なによこれ?」
「でかいね。しかも木属性じゃない」
 出てきたモンスターはコマドグーというモンスターで、大きさは今まで見たモンスターとは比べ物にならない。
 エディット的には今流行の”倒せないモンスター”の特徴には当てはまらない。普通のモンスターだ。
 コマドグーは目の前にいる僕達をすぐに敵と認識し、二本の手に付いたドリルを地面に突き刺した。途端、地面が砕け、その破片が僕達を襲った。
「ちょっと! 一撃死?」
 敵の効果範囲はなかなかに広く、後ろに待機していたフィアまでもが被害を受けた。すぐさま『治癒の水』で回復し、フィアを蘇生させる。
「うわ〜。僕もHP半分近く削られる」
「どうすんのよー!」
 二手に別れてフロアを駆け回り、僕達は”作戦”を練った。
「・・・よし、お札と遠距離スキル使って近づかないようにして攻撃しよう」
「・・・・・・うん」
 フィアはちょっと小さな声で頷き、『邪四つ葉の呪符』を連発した。コマドグーの周りに、木の葉を纏った風が舞い、少しずつだが、確実にHPを削っていった。その間、僕はフィアにターゲットが移らないよう、Hit and away戦法を繰り返した。
 突然、ザザッっと荒いノイズが走り、画面の動きがスローモーションとなった。
「え? 何これ?」
 コマドグーは木の葉の攻撃をくらい続けている。敵の動きだけが、妙に早い。
 HPが半分ほど削れた辺りで、唐突に風が止み、それと同時に画面の動きも元に戻った。
「ッ――」
 ハッとコマドグーを見ると、フィアの方向へと向き直り、突進を始めていた。
 フィアは動こうともせず、呆然と立ち尽くしたままだ。
「フィア!」
 フィアとは、フロアの対角にいた為、距離が大分あった。
 僕は取って置きの巻物『風・妖・刃の巻物』を連発した。コマドグーが攻撃を受けている間に、僕はフィアのほうへと回り込んだ。使い切ったところで、ようやくコマドグーのHPが50を切った。
「ねぇ、フィア!」
 いくら呼んでも返事は無く、フィアはぷっつりと糸が切れた人形の様に、無表情に前を向いている。
「もうっ! 夢幻操武!」
 近づくコマドグーの前に立ち、夢幻操武を叩き込み、更に何回か切りつけた。コマドグーは瓦礫の様に崩れ落ち、フィアのLvがまた一つ上がった。
「フィーア!」
 相変わらず返事が無い。
 仕方なく僕はフィアが戻るまでと、そこに座り込んだ。
「トイレ行ってくるから」
 一人そう呟き、僕はコントローラーを離そうとした瞬間、メールの受信を知らせる音が鳴った。
 『送信者:フィア ごめん!急に落ちちゃった!ユキト大丈夫?ついでにご飯食べてくるね』
「え?」
 立ち尽くしていると、目の前にいる”フィア”はまるで魔法の様に、突然消えた。

「切断が起こるとこうなるんだ」
「みたいね。私は初めてで焦っちゃった」
「僕も焦ったよ。敵強かったしさ」
「・・・ごめん」
 突然、フィアが大剣に寄りかかって言った。
「え?」
「何か足手まといにしかなれなくなっちゃった・・」
「そんなことないよ」
 と言ったものの、フィアは心ここに在らずといった感じで、その目は虚空を向いている。
  あれから一時間後、僕らはドゥナ・ロリヤックのカオスゲート前で落ち合った。先ほどからちらりちらりとノイズが辺りを走っている。フィアが来る前に行ったカルミナ・ガデリカのフィールドにも、同じようなノイズ交じりの場所が幾つかあった。
「・・・ねぇ、なんか変じゃない?」
「フィアもそう思う? フィアが切断された時辺りからおかしいんだ」
 実際、周りの皆もそう感じているのだろう。何を恐れてか、皆次々とマク・アヌに移動して行く。
「マク・アヌって何かあるの?」
「さあ・・・でも、物理的なセキュリティ面で一番安全なサーバって言われてるわね」
「ふうん」
 我先にとカオスゲートに走り寄る人々を眺めていると、メールの受信音が鳴った。
 『送信者:スピーナ ユキトさん、伝えたい事があるので、マク・アヌの路地裏に来てください』
「あ」
「どしたの?」
「ごめんフィア、用事ができた」
「ちょっと待ちなさいよー!」
 フィアがそう言い出す前に、僕は自然とカオスゲートの方へと駆け出していた。

 マク・アヌには人が溢れ返っていた。まるで葬式の様に暗い雰囲気で、皆CC社への不満を口々にしている。
 路地裏はいくらか空いていた。何の冗談か、路地裏だけはぽっかりと夜に包まれた様に暗い。
「ユキトさん!」
「スピーナ――?」
 駆け寄ったその先には、道が無かった。――と言うより、”先”というものがぷっつりと消えていた。
「これは・・・?」
「これは私たちの事件とは関係無いものです・・・いや、ザ・ワールド全体の問題なんですが、今は置いておきましょう」
 スピーナの言葉には、どこか”焦り”というものがあった。
「それで、伝えたいことって?」
「実は・・・また二人犠牲者が出たんです。それも、セリアさんと同じように、リアルでも・・・」
 スピーナは言葉を詰まらせ、僕の手をぎゅっと掴んで泣いた。―――慣れてくると、自然と指が動いて感情を表現するようになってくるらしい。リアルのスピーナも、きっとこんな風に泣いているのだろう。
「大丈夫。原因が解れば、きっと良くなるよ」
「はい・・・すませんでした」
「謝ることじゃないよ」
 ぐしぐしと嗚咽を漏らすスピーナを見ていると、緊急時であるにも関わらず、この世界が単なるゲームなのかと疑ってしまっていた。
「そう、それでユキトさん」
「ん?」
「実は先ほど、クヌギさんと同じように私にもセリアさんから届け物があったんですよ」
「え・・・?」
「そうだ、聞きたいことってそれなんだ! 何でログインしていない朋・・・いや、セリアから届け物が来るの?」
 スピーナは防具を渡しながら話を続けた。
「私にも解りません。ただ、ターコイズ様はこう言ってました。”セリアはまだこの世界にいる”と・・・」
「ログインしていないのにログインしている?」
「解りません・・・。ターコイズ様からの伝言です。直接犯の二人はカルミナ・ガデリカを拠点としているようで、見つけるには”ワイズマン”と言う方の力が必要だと」
「つまり、ワイズマンって言う人を探せと?」
「いえ、探すのはそう苦じゃないと思います。彼はいつもカルミナ・ガデリカのラウンジにいますから」
「どういうことだろ・・・」
「とにかく、行けば解るそうです」
「うん・・・」
 半信半疑で、僕は歩き出した。振り返るとスピーナはもういなくなっていて、後ろは黒い黒い何かの入り口になっていた。

 マク・アヌのカオスゲート前で、フィアが怒った顔をして立っていた。
「遅い!」
「え?」
「え? じゃないわよ! いきなりいなくなって」
「ごめん」
「で? またどっか行くの?」
「うん」
「どこ?」
「危ないから来ない方がいいよ」
「危ないって。だったら尚更一人じゃ危ないじゃない」
「うん」
「目的、教えなさいよ」
「え?」
「前にユキト、ザ・ワールドしてる目的他にありそうな事言ってたじゃない」
「そう・・・だったかな」
「その目的が、今しようとしている事なんでしょ」
 フィアの目には”このままじゃ帰さない” なんていう気迫が込められていた。
「・・・わかった。話すよ」
 僕らはカオスゲート前の階段に腰掛けた。
「僕の親友にね、朋美ってやつがいるんだ。前から誘われててね。僕が初めてザ・ワールドをした日、朋美――セリアってPCなんだけど」
「ちょっと待って! セリア? 私そのPC知ってる。PC同士のPTネットワーク作るって言って、私もそれに登録した・・・あの人が・・・」
「朋美も自分の事有名プレイヤーだって自慢してた」
 ちょっと照れくさくなり、僕はリアルで頭を掻いた。
「セリアと待ち合わせしてたんだけど、一向に来なくて。探したんだけどいなくて・・・。結局その日は見つからなかったんだ。次の日の夕方、朋美は意識不明の状態で病院に運び込まれた」
「うん・・・」
「色々嗅ぎ回った結果、朋美が意識不明になったのはどうやら原因があるみたいなんだ」
「ユキトはそれを追っているのね」
「うん。まあ、何にしても強くならなきゃいけないらしい。・・・この世界では、PCの強さが自分を守る唯一の力なんだ」
 これはまあ、ミネルトの話しから勝手に出した推論ではあるが。
「つまり弱い私は足手まとい?」
「いや、そう言いたいんじゃないけど・・・」
「けどって何よ?」
「とにかく、これが僕のザワールドをしている目的」
 何となく僕らは口を閉ざし、しばらくそのままでいた。
 行き交う人を眺めていると、突然フィアは立ち上がり、
「私、強くなる! だから行く!」
 そう言って、フィアは僕の手をぐいぐい引っ張って、カオスゲートへと向かった。

To be continued

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