.back//

第一章・第九話

『暗い龍・上』


 出発地点が見えてきて、マークはくそっと短く唾を吐き足を止めた。
 後ろには挑発的な服を着たパツ金美女・・・もとい、セリアがいる。
 目指していたはずの風車小屋は、また遠くにぼんやりと霞んでしまった。
 もっと早くに気付くべきだった。
 だが―――
「マーク、あんたこんな格好でいつまで歩かせるつもりなのよ! 見物代、100Mは下らないわよ!」
 などと脅迫めいた事を口にしてる輩が邪魔をしていては、気付くのが遅れても仕方ないと言うものだろう。
 実はこうゆうのに弱い事を看破してからと言うものの、セリアは俺を困らせることばかり言ってくる。
 こいつとリアルで接している友人は、さぞ苦労していることだろう。
「いつになったら着くのよ」
 気付いていないのか――いや、彼女のことだ。何か仕掛けが施されている事に、とうに気付いているだろう。
 つまり、いつになったら謎が解けるのかと、暗に批判されていると言うことだ。
「難しいね」
 ここは明らかにザ・ワールドから逸脱した世界だ。第三者の介入による、不自然な世界。
「どしたの?」
 覗き込むような視線で、セリアが迫ってきた。
「いや。君を拉致した集団のリーダーはね、同志と言うことで俺たち六人――戦闘タイプのマイル、CREW。戦闘補助のタナトス、卑弥呼。武器製造の俺。そしてレト――」
「6人だったのか・・・。もっと多いと思った」
「最初はもっとたくさんいたんだけど・・・その・・・」
 言葉に詰まる俺を見て、セリアは先を促した。きっと、セリアは勘違いをしている。減ったのはレトのせいではなく―――
「その話はまた今度。俺らはね、皆CC社に対して並々ならぬ恨みがあるんだよ」
「恨み?」
「ああ。この事件はもう半年以上前になる・・・。世間では忘れられたように何も言わなくなったけどね」
「半年前・・・」
 半年前と言う単語に覚えはあるが、それだけで何も出てこない。
「ああ。半年前から徐々に広がっているこの事件の被害者の家族、友人は、誰も彼も必死になって原因を探ったさ。・・・この俺もね。後で聞いたんだが、原因を作ったCC社側は、その事件の原因について薄々勘付いていながら、握りつぶしたらしい」
 セリアはそう、と言って不安げな表情を浮かべた。
「個人の捜査に限界を感じ始めたとき、俺達をどう探し当てたかは解らないけど――レトというPCからwisが来たんだ。彼は真実を語り、共にCC社と戦おうと俺達に呼びかけた。その時までは皆、原因がわかれば未帰還者は戻ってこれると思っていたんだけどね・・・。無理みたいなんだ。俺達は落胆し、レトは未帰還者を探す為のある方法を提示した」
 気がついたのだろう。 レトの作戦に参加した者達が、皆一様に望んだ願いに。
「ザ・ワールドに介在する、一種の放浪AIとなること」
 瞬間、怒気を含んだ目で僕を睨んだ。
「ちなみに、俺の願いはそんなことじゃないからな」
 言って、俺は歩き出した。

 しばらく歩いて、再び泉のある場所に戻った。腹も減り、喉も渇いたからだ。泉の水は硬水だろうか―――それさえも感じられるほどに、感覚は現実世界のものに近づきつつある。
 道具袋からパンやりんご等を取り出し、セリアと分け合った。
「ねえ、何かローブとか持ってないの?」
 僕の腰についている道具袋を指差し、セリアは不機嫌そうに言った。
「あ・・・」
 忘れていた。
 あんまりにも感覚が現実に近いものだから、まさか剣を数本、防具を数種類、回復薬に毒消し等々・・・そんなにたくさん持っているとは考えもしなかった。
 道具袋をごそごそとやると、想像通りの物が出てきた。
「ばか!」
 セリアは俺の手からローブをひったくって、木の裏にさっと消えた。
 その様子で、さっきまでの態度が強がりだったことだと気付くと、自然口元が緩んでいた。
「知らないのかな」
 子供の頃流行っていた猫型ロボットのポケット――何て言ったっけな――を思い出して、独り苦笑する。
 程なくして、セリアは木の裏から出てきた。
「へぇ」
 爽やかな薄黄色のローブ。さらりと着こなしたセリアの姿は、周りの花々と暑い日差に妙に似合っている。
「どう?」
 くるりと一回転し、裾を持ち上げる。
「うん。綺麗だ」
 思った感想をそのまま出す。
 セリアはくすりと笑い、ありがとう、と上品な口調で言った。

「先ずはあの建物に行きたいんだけど・・・」
 どうやって行けばいいのか皆目見当もつかない。
 悩む俺にセリアは
「なんでわざわざいけない所行きたがるのよ」
 と聞いた。
「行きにくい場所には、何か重要なものがあるものさ」
 何があるかよく分からないが、RPGをした者に備わる、一種直感めいたものが、「あそこには何かある」と告げている。
「ふうん」
 つまらなそうに答える辺り、ゲームはザ・ワールド以外ほとんどした事がないのだろう。
「う〜ん」
 しばらく考え込むと、セリアは木の幹に寄りかかり、目を瞑った。どこと無く何かを思考している顔に見える。
「何寝てんだよ、行かないのか?」
「夜になれば何か変わるかもしれないわよ。それに・・・やっぱりここは暑すぎよ」
 ニコリとした笑みを投げかけ、セリアは再び目を瞑った。
「・・・・・・ええいっ!」
 テコでも動きそうに無いと知って、乱暴にセリアの横に腰をおろした。
 頭の中で、このエリアの地形を整理する。
 この大樹を中心に、手前に泉、後ろが森になっている。その森もたいした広さではないようで、すぐに一周できるものだった。
 更に遥か向こうの、少し左手には、セリアを監禁していたダンジョンがあり、そこより更に右に風車小屋がある。昼間、ダンジョンに行こうとしたが、もうダンジョンにさえ行くことができなかった。元々俺らはダンジョンから来た訳だから、一方通行的な仕掛け・・・という事だろうか。

 りーりーと言う音。
 最近はめったに聞かなくなったその音は、耳障りな割りに心地よい。
 目を開けると、思った通り辺りは暗くなっており、幾千もの小さな光が地面を輝かせていた。小さな頃に思い描いた、月の地面の様だ。
 まるで夏の夜。不自然な雪も、枯れかけた樹も無い。純粋な夜。
 昨夜とは違う違和感の無い夜景は、ここが本当の世界なんじゃないかと錯覚してしまうに充分な感覚を与える。
 横を見ると、既に目を醒ましていたのか、セリアが気持ち良さそうに瞳を閉じて何かを歌っていた。
「やっと起きた。こっちはもう早く行きたくてしょうがないのにっ!」
 攻めるような口調は、けれどどこか幼い。難問を解いて、早く見せたがっている生徒のようだ。
「あの風車小屋に? どうやって?」
 セリアは立ち上がると、風車小屋目掛けて走り始めた。
「おい―――」
 走り去るセリアを呼び止めたが、十メートルばかり離れた所で右手をピストルに見立て
「よーい、ドーン!」
 と放った。
 仕方なく、俺は全速力で彼女を追いかけた。

「はぁ」
 目の前に迫ったその雄大な風車を見上げ、ほうと溜め息をついた。
「どうして分かったんだ?」
 後ろで胸を抑えているセリア―――
「キー! 足早すぎ!」
  ―――いや、サルに感心したように言う。
「どうしてって。昨日の夜、マークが私を木の下に連れてきてくれた時は、ダンジョンからきたんでしょう?」
 やっと動悸が収まったのか、ふうと一息つくと、セリアは教鞭に見立てた指をぴんと伸ばして喋り始めた。
「ああ」
「そして今日になって、ダンジョンや風車は見えるのに辿り着けなくなった―――この世界がゲームであるいい例ね」
 セリアは事あるごとにゲームと現実に境界線を引こうとしているように思える。
 そんなの―――どうでもいいことなのに。
「まあ、な」
 風車は風に吹かれてゆったりと回っている。大きく開かれた小屋の門は、まるで闇を吸い込んでいるかの様に暗い。
「質問は後。先ず、中に入って何があるのか確かめましょ」
 セリアは門の壁に手をかけて中を覗き見た・・・が、なかなか入ろうとしない。
「何してんだよ。入らないの?」
 肩を掴むと、セリアの体は石化を受けた様に固まっている。
「何か・・・いる」
 そう言った瞬間―――門から突風が吹き出し、俺らは数メートル後方に吹き飛ばされた。セリアと俺との間隔は約三メートル。セリアに駆け寄り、抱き上げる。
 吹き飛ばされたショックで気を失っているようだ。気を失ったセリアは、ぐったりとして重い。
 セリアを横目で見ながら空を見上げると・・・
「何だ―――これ」
 優に十メートルを超える巨大な龍が、目の前を横切った。そして、そのまま風車の上空を旋回し、吼えた。
 地響きと共に雷雲を呼ぶ龍の姿に、圧倒的な力の差を感じ思わず一歩引いてしまった。
「暗い・・・龍」
 セリアは苦しそうに目を開き、そう呟いた。
「何だ? 暗い龍って?」
「わかんない。ただ、そう感じただけ」
 再び龍を見る。
 成る程。
 全身が暗い色に発光している。――いや、発光しているのではなく、暗い色を吸い込んでいる。雷雲を呼んではその暗色を飲み込み、再び雷雲を呼ぶ。
 絶えず繰り返すそのサイクルは、暗色を更に上質なものにする儀式なのだろう。
「でも、何か懐かしい感じがする・・・」
 惹かれるように空に手を伸ばし、恍惚とした表情をする。――余りに絵画的なその光景に、一瞬時が止まったかと錯覚さえした。
 気付くと、フィールドの空は今にも泣き出しそうな暗い色に侵され、地面に広がる虫たちの光も微々たるものなってしまっていた。
 吹き荒れる風は生ぬるく、さながら初夏の台風だ。
「とにかく逃げないと」
 でも、どこに?
 何の意味も無いと分かっていながら、龍から牽制の目を離さずに問答を繰り返す。
 こうしている間に充分な暗色を蓄えたのだろう。
 暗色を増した龍は再び吼え、体をうねらせながら俺たちに向かってきた。
「ダンジョン・・・」
 俺が走り出すのと、セリアが呟くのは同時だった。
 いつもの通り『快速のタリスマン』を使い、アプドゥの効果を付与し、走り出した。
 龍の突進を後ろ頭で感じる。
 見境の無い体当たり。自身を弾丸と化したその攻撃は、地面の土を巻き上げ、辺りを塵の濃霧で満たした。
 上から叩きつける土砂を器用に避けながら、俺たちはダンジョンへと突っ走った。
 走り出して間もなく、龍との距離はおよそ二十メートルに広がった。
 が、あの巨体だ。この差など無いも同然だろう。
 案の定視界が戻ると、龍は一息でこの距離を片付け、口から暗色の炎を吐き出してきた。
「―――ッ!」
 耳元がちりちりと熱い。
 セリアを抱えたまま前方の丘から転がり、初撃を何とか凌いだ。起伏の緩やかなエリアだが、そこそこにはある。
 地形をうまく利用しなければ、確実に殺られるだろう。
 龍の攻撃力ははっきりとはしないが、どう考えてもヤバい。後ろを振り返ると、龍の炎に焼かれた部分は、昨今噂にあるウィルス侵食そのものになっている。
 ダンジョンまでの距離はおよそ五十メートル。剣士の俺には立体的な龍の動きにはついて行けそうも無い。
 一か八か――
「ランセオル・クー!!」
 巻物を掲げながら叫ぶと、雷雲を裂く様にして雷の神ランセオルが現れた。
 そのまま暗い龍に向き直り、大樹の幹の様な武器を振りかざす。―――途端、幾千もの紫電が舞い踊った!
「グォーン!」
 一層低い、地響きの様な絶叫が辺りを揺らし、暗い龍はその長い体をくねらせる。その隙を見逃さず、マークはセリアを連れて素早く丘に登った。
 確実に――
「「効いてる!」 」
 ―――しかし。
 再び武器を振りかざすランセオルを、暗い龍は振り向きもせずに尾で叩きつけた。
 その強力な一撃はランセオルを地に落とし、体の半分を地に埋めさせた。
「やべぇ」
 再び起き上がろうとするランセオルには目もくれず、暗い龍はマーク達を取り囲むようにとぐろを巻いた。
 辺りは暗い龍から滲み出る暗色の霧に巻かれ始める。
「・・・セリア」
 空に浮かぶ龍を見上げながら、マークはぽつりと呼んだ。
『君の装備一式がダンジョンの最深部に置いてある。俺が引き付けている間に早く――』
 言うなりセリアを突き飛ばし、自分も丘の反対側へ飛んだ。ぼうとしていたセリアは、かなりの勢いで丘から転がり落ち、奇跡的に暗い龍の炎を避けることができた。
 次の瞬間、「走れ!」の叫びと共にランセオルが地中より這い出し、再び雷鳴を轟かせた。


「はぁっ・・・はぁっ・・・」
 体が鉛の様に重い。
 強い・・・強い向かい風を受けながら走るように、体は前に進んでくれない。
 一歩前へ進む度に体は芯から冷えていく。――いや、芯だけが冷えている。
 体は正常。
 だけど、心の寒さは体を侵食し、足を硬直させた。
 孤独が――寒さの原因であると知った時、自然私の足は止まってしまっていた。
 暗い龍は、どうやら見失った私より、目障りになってきたマークを片付ける事を選んだようだ。今もマークはランセオルと共に多彩な攻撃を仕掛けている。
「私が帰るまでに保つのかな・・・」
 ふと、そんな考えが浮かび、どうしようもない寂しさに囚われた。
「マーク!」
「何してんだ! 早く行けっ!」
 振り向く余裕すらないのだろう。丘を挟んで戦うマークは、ただ暗い龍を睨みながら言った。
「だめ、行けないっ! 独りにしないで!!」
 言ってしまった。
 それを言ったら、きっとマークも私も助からないと解っていたのに、言ってしまった。
 見かねたマークはきっと「仕方ない」と言って一緒に行ってくれるだろう。そして、二人は暗い龍の餌食になる・・・。
 それもまあいいか。
 何故だか知らないが、今のところ私は独りになることより二人で消えることの方が楽に思える。

 きっと・・・

 こんなに寒いのには耐えられそうに無いからだ。

「何してんだ! 早く行けって!!」
 怒号に近い声が響き渡り、私の震えはぴたりと止んだ。
 そうだ。何で気付かなかったんだ。
「セリアならできる! 大丈夫。俺は死にはしない! だから・・・行け! ―――んで、早く帰って来い!!」
 キィィィンと鍔迫りの様な音がし、マークは地面に落ちていった。
 私が早く戻ってくればいいんだ。
 あの時から独りだった私は、知らずの内マークにこんなにも頼ってしまっていたんだ。
 頼るのは悪いことじゃない。
 けど―――
「迷惑はかけちゃいけない」
 再びマークが空に飛び上がるのを見届け、私は熱をもち始めた体を抱くようにしてダンジョンへ走った。

「独りにしないで・・・か」
 マークはぽつりと呟き、口元が緩んでいるのを感じた。
「参ったな。・・・どうにも弱いね」
 ふと見ると、セリアはまだ丘の隅に隠れている様だった。
「何してんだ! 早く行けって!!」
 ギィィンと剣から振動が伝わり、手を痺れさせる。実体のなさそうに見えるこの龍は、剣を突き刺したときにだけ、その部分が文字通り『固まる』。
「チッ!」
 短く舌打ちをする。それと同時にランセオルが後ろから飛び出し、例の一撃を見舞った。
 舌打ちをしたのは、セリアにだ。見えもしないのに不安げな顔をしているのがわかる。マークは大きく息を吸い込んだ。
「セリアならできる! 大丈夫。俺は死にはしない! だから・・・行け! ―――んで、早く帰って来い!!」
 セリアに聞こえるようにと、一層力強く打ち込んだ。
 キィィンン
「しまった――」
 その反動で地面へと落ちていく。
 再び飛び上がったとき、セリアの姿はなくなっていた。
「よしよし」
 セリアのいた場所に向かってにこりとした後、マークは再び剣を振り上げた。

 ダンジョン内は薄暗かったが、左右均等に置かれた燭台によってある程度の視界が確保されていた。全ては石造りになっていて、足裏にひやりとした石の冷たさが伝わってくる。
 不思議なことに、ゆらゆら揺れる蝋燭の炎は灰色だった。  
「よし!」
 気合を入れなおし、この心が冷めない内に戻ろうと誓った。
「アプドゥ!」
 マークから渡された『快速のタリスマン』を使った。
 走り出して間もなく、階段が見えてきた。そのまま階段を降り、二階へ向かう。
 二階は個室の多い曲がりくねった道だった。モノクロームの景色と共に、まるで時が止まったかのように魔物がその動きを止めている。側を通り過ぎても、目の前に立とうと、魔物は気が付きもしない。文字通り”止まって”いる。
 途中、自分が監禁されていたであろう牢屋を発見した。
 入り口の右側に簡易な机があり、あとは岩剥き出しの牢があるだけの簡素な部屋だった。
「ここは・・・何も無いわね」
 蝋燭の明かりでゆらゆらと揺れる灰色の影は、ケタケタと笑っているようで不快だ。セリアはドアに手を掛け、足早に出て行こうとしたが、机の上に光るものを見つけた。
「これは・・・」
 ビー玉大の黒い石だった。丸いその形は、触ってみると幾千もの”面”でできているのが解る。
 セリアはローブのポケットにそれを入れ、部屋を後にした。

「くあっ――!」
 五度目の斬撃が弾かれ、マークは再びランセオルの肩に戻った。
 傷ついたランセオルにオリプスを唱え、回復する。
「どうしたらいいんだ」
 今のところ効いているのはランセオルの魔法スキルだけだ。物理耐性があるのかと思い、『騎士の封印』を使ったが、効果は無かった。
 暗い龍の尻尾の攻撃を巧みに避けながら、俺とランセオルは暗い龍と付かず離れずの攻防を繰り返していた。
「バクススパイラル!!」
 チートによって全てのパラを最大まで引き上げた鳳凰翼燐剣のスキルも、龍には蚊が刺した程度の効果しか無い。
 キィィンン!
 激しい鍔迫りの音と共に、火花が飛び散る。火花によって照らされた龍の体を見て、硬い音の正体に気が付いた。
 暗い龍からふつふつと滲み出る暗い靄は、龍に物理的な攻撃が及ぶときのみ六角形の面を形成し、盾の様に硬くなるようだ。
「これを何とかしないと」
 マークは言って、ランセオルと共に龍との間合いを広げた。

「きっとこれだ」
 ダンジョンの最下層、アイテム神像の前に鎮座するように鎧、兜等が置いてあった。
 まるで手足に吸い付くような装着感。その無駄の無い造形は正に美術品のレベルだ。
 セリアはこの防具に、一種懐かしさの様なものを感じていた。
「私の――装備」
 ふと我に返り、セリアはアイテム神像に突き刺さった白銀に光る剣を引き抜いた。
 ゴゴン・・・
 とアイテム神像が崩れ落ち、それと同時に幾多の魔物の叫びが響いた。
 止まっていた時間が動き出したように、ダンジョンに色が戻る。
 セリアは驚きもしない。ここのモンスターに何の脅威も感じないからだ。
「マーク、待っててね」
 白銀の剣を握りなおし、セリアは地上に向かって走り出した。
 アイテム神像の部屋から飛び出し、一直線に階段へと向かう。
 阻むデーモン系モンスターすら一刀の元に斬り捨て、上へと向かう。
「悪いわね。先を急ぐの」
 NPCである敵ですら恐怖を覚えたのか、攻撃に間が空いた。
 その隙を見逃さず一気に階段を駆け上がる。
 二階はまるで魔物の巣だった。
 幾つもの魔方陣が同時に光を放つ。
 ゴーレム、リザード、スネーク、デーモン・・・
 様々な種類のモンスターが一斉にセリアへとタゲを定める。
 その中を―――疾走した。
 囲まれると厄介と判断したセリアは、三階と同様に目の前の敵だけを切り崩しながら前へと進む。
「くっ――」
 階段を上りきる時には、体はもうボロボロだった。髪は乱れ、白銀の鎧には鮮血が所所に付着している。
「ファリプス!」
 一瞬にして体に活力が戻る。
 一階には魔法陣が無かった。安心して走り始めると、うなじにひんやりとした悪寒が走った。
 危機を感じ、その場で前方へジャンプする。
「?」
「よく避けましたね」
 ぱちぱちと、まるで誉めてない拍手が闇の中から聞こえる。コツコツと硬い足音を響かせながら、蒼いローブに身を包んだ呪紋使いが現れた。
「じゃあ、これはどお?」
 と言って、呪紋使いは右手をゆらりと上げた。

To be continued

.back//