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私を男と呼んでくれ

第一話『プロローグ――七月』


 事の始まりは七月の初めだった。
 一年半付き合っていた彼女と別れ、一ヶ月が経とうとしていた。
 それでも元カノ――永倉さやかは、一週間に一度ほど「飲もう! 今日はバイト初日だったんだけど、愚痴がたっぷりあるよぉぉ!」等と、数々の理由をつけては私を飲みに連行した。
 この永倉さやか。
 初対面では大人しい、いいとこの譲さんみたいな容姿で、私が知っているだけでも五度ほど告られている。
 その癖慣れてくると途端に言いたい放題、果ては彼女になると途方も無い我がままになるのだった。
 かと言って、私が貢ぐとかそうゆう類のことを頑としてするはずも無く、さやかの方もそんな関係は望んでいなかった。
 まあ、いわゆる”可愛い我がまま”だ。
 容姿、スタイル、性格・・・は少し置いとくとして、文句の付けようの無い女だった。
 どの様ないきさつでさやかと付き合ったのか――はまたの機会に話をしよう。この話だけでも充分ページを埋めることが可能だからだ。それほどさやかとの関係には花があり、退屈の無いものだった。
 別れた理由も別に、世間から見ても面白味の無いものなので割愛させて頂く事にする。
 さて、本題に戻るとしよう。
 七月の初め、さやかと別れてから一ヶ月が経ったある日、 例の如くメールがあり、私はバイトが終わった後、眠い目を擦りながら地元へと帰った。
「おひさし」
 と言っても一週間かそこらぶりだ。付き合っていた当初は毎日の様に私の家に連れ込んでいたのだから、まあ、しょうがないだろう。
「お、その帽子どうしたの?」
「新しく買った! 夏だから、スポーツ関係のにした。 どう?」
 付き合っていた当時、私は服装のセンスをさやかに叩き込まれた。それは有り得ない、これは有り得ない・・・。自分で自分の服を決められるようになってからはめっきり言われなくなったが、正直愛想笑いをせざるを得なかった。――それほどさやかのうんちくには飽き飽きしていたのだ。
 安居酒屋に入ってビールを注文。それからは各自頼みたいものを頼み、ワインをフルボトルで一本空けた。
 口上で繰り返されるバイトの先輩とのバトル。
 気の強いコイツは、そのサッパリとした性格と容姿ゆえ、大概の男には好かれる。が、女上司にしてみれば何もかも上手くやるさやかは目障りなのだろう。――実際、さやかは何にでも真剣で努力を怠らず、そしてよくやる。
 水面下で繰り返される戦いを想像し、思わず苦笑した。以前バイトが一緒だった時、私も目の当たりにしたからだ。
「クリスタル・カフェ」
 さやかの始めたバイト先の名前である。こっちからしてみれば全くちんぷんかんぷんな名前で、何度も聞き直した挙句、ワケノワカラナイその名前はさやかの手で携帯のメモに保存された。
 身の回りの事、家の事、取り留めなく話していると、閉店四十分前のラストオーダーの時間になった。
「サンライズをボトルで」
 ―――結局、二人でビール二杯ずつにワインを二本空けてしまった。
 その後はお決まりのコース。
 別れたくせに何の迷いも無く家に来るさやか。
 それを何とも思わない私もまた、間違っている事は解っていた。
 別れたことに未練は感じないが、多分、お互いにまだ必要なんだと思う。
 さやかをベッドで抱きながら、ふとそう思った。

 ―――そして。

 その日が、男として過ごした最後の夜だったことに、私はだいぶ後になってから気付くことになる。

To be continued

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